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夜明けに山月記を読み返す 🌖⛰🐅

1 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:51:42.20 ID:uU7lDSwS0.net
🐯・・・

2 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:51:53.32 ID:uU7lDSwS0.net
山月記 中島敦

3 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:52:35.76 ID:uU7lDSwS0.net
 隴西の李徴は博學才穎、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。

いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。

しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。

4 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:53:07.62 ID:uU7lDSwS0.net
この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤は、何處に求めやうもない。

數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。

一方、之は、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の秀才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。

彼は怏々として樂しまず、狂悖の性は愈々抑へ難くなつた。

5 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:53:15.05 ID:shW7qRx30.net
まーたお前か

6 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:53:27.95 ID:uU7lDSwS0.net
一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿つた時、遂に發狂した。

或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。
彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。

7 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:53:32.09 ID:Wp9/ObYwH.net
太古のBL

8 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:53:54.22 ID:uU7lDSwS0.net
翌年、監察御史、陳郡の袁傪といふ者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於の地に宿つた。

次の朝未だ暗い中に出發しようとした所、驛吏が言ふことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白晝でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでせうと。
袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、驛吏の言葉を斥けて、出發した。

9 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:54:10.10 ID:JjUHEOKYp.net
国破れて山河ありのやつにしようや!

10 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:54:49.85 ID:uU7lDSwS0.net
殘月の光をたよりに林中の草地を通つて行つた時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。

虎は、あはや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。
其の聲に袁傪は聞き憶えがあつた。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が友、李徴子ではないか?」

袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かつた李徴にとつては、最も親しい友であつた。温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかつたためであらう。

 叢の中からは、暫く返辭が無かつた。しのび泣きかと思はれる微かな聲が時々洩れるばかりである。ややあつて、低い聲が答へた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

11 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:55:06.69 ID:eG3ErRLK0.net
定期化しろ

12 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:55:13.41 ID:QVgK3SOd0.net
中島敦
最高や

13 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:55:36.13 ID:uU7lDSwS0.net
 袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懷かしげに久濶を叙した。そして、何故叢から出て來ないのかと問うた。

李徴の聲が答へて言ふ。自分は今や異類の身となつてゐる。どうして、おめゝゝと故人の前にあさましい姿をさらせようか。且つ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決つてゐるからだ。
しかし、今、圖らずも故人に遇ふことを得て、愧赧の念をも忘れる程に懷かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜惡な今の外形を厭はず、曾て君の友李徴であつた此の自分と話を交して呉れないだらうか。

 後で考へれば不思議だつたが、其の時、袁傪は、この超自然の怪異を、實に素直に受容れて、少しも怪まうとしなかつた。彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立つて、見えざる聲と對談した。

14 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:55:52.34 ID:uU7lDSwS0.net
都の噂、舊友の消息、袁傪が現在の地位、それに對する李徴の祝辭。青年時代に親しかつた者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至つたかを訊ねた。草中の聲は次のやうに語つた。

15 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:56:12.83 ID:QVgK3SOd0.net
山月記もええが、李陵が泣ける

16 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:56:37.12 ID:uU7lDSwS0.net
 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊つた夜のこと、一睡してから、ふと眼を覺ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでゐる。聲に應じて外へ出て見ると、聲は闇の中から頻りに自分を招く。

覺えず、自分は聲を追うて走り出した。

無我夢中で駈けて行く中に、何時しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫んで走つてゐた。何か身體中に力が充ち滿ちたやうな感じで、輕々と岩石を跳び越えて行つた。

氣が付くと、手先や肱のあたりに毛を生じてゐるらしい。少し明るくなつてから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となつてゐた。

17 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:57:18.61 ID:uU7lDSwS0.net
自分は初め眼を信じなかつた。次に、之は夢に違ひないと考へた。夢の中で、之は夢だぞと知つてゐるやうな夢を、自分はそれ迄に見たことがあつたから。
どうしても夢でないと悟らねばならなかつた時、自分は茫然とした。さうして、懼れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。

しかし、何故こんな事になつたのだらう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取つて、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

自分は直ぐに死を想うた。しかし、其の時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。

再び自分の中の人間が目を覺ました時、自分の口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばつてゐた。之が虎としての最初の經驗であつた。

18 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:58:07.61 ID:uU7lDSwS0.net
それ以來今迄にどんな所行をし續けて來たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず數時間は、人間の心が還つて來る。

さういふ時には、曾ての日と同じく、人語も操れれば、複雜な思考にも堪へ得るし、經書の章句をも誦ずることも出來る。その人間の心で、虎としての己の殘虐な行のあとを見、己の運命をふりかへる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。

しかし、その、人間にかへる數時間も、日を經るに從つて次第に短くなつて行く。

19 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:58:42.17 ID:eG3ErRLK0.net
>>18
ここ辛い

20 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:58:59.66 ID:uU7lDSwS0.net
今迄は、どうして虎などになつたかと怪しんでゐたのに、此の間ひよいと氣が付いて見たら、己れはどうして以前、人間だつたのかと考へてゐた。之は恐しいことだ。

今少し經てば、己れの中の人間の心は、獸としての習慣の中にすつかり埋れて消えて了ふだらう。恰度、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋沒するやうに。
さうすれば、しまひに己れは自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂ひ廻り、今日の樣に途で君と出會つても故人と認めることなく、君を裂き喰うて何の悔も感じないだらう。

一體、獸でも人間でも、もとは何か他のものだつたんだらう。初めはそれを憶えてゐたが、次第に忘れて了ひ、初めから今の形のものだつたと思ひ込んでゐるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。

己れの中の人間の心がすつかり消えて了へば、恐らく、その方が、己れはしあはせになれるだらう。だのに、己れの中の人間は、その事を、此の上なく恐しく感じてゐるのだ。
ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思つてゐるだらう! 己れが人間だつた記憶のなくなることを。
この氣持は誰にも分らない。誰にも分らない。己れと同じ身の上に成つた者でなければ。

所で、さうだ。己れがすつかり人間でなくなつて了ふ前に、一つ頼んで置き度いことがある。

21 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 04:59:46.14 ID:uU7lDSwS0.net
>>15
ほかにどうしようもなかったんやと言い聞かせても涙が溢れるのぐう悲しい
女々しいぞと叱っても止まらない

22 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:00:29.23 ID:uU7lDSwS0.net
 袁傪はじめ一行は、息をのんで、叢中の聲の語る不思議に聞入つてゐた。聲は續けて言ふ。

 他でもない。自分は元來詩人として名を成す積りでゐた。しかも、業未だ成らざるに、この運命に立至つた。曾て作る所の詩數百篇、固より、まだ世に行はれてをらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなつてゐよう。

所で、その中、今も尚記誦せるものが數十ある。之を我が爲に傳録して戴き度いのだ。
何も、之に仍つて一人前の詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂はせて迄自分が生涯それに執著した所のものを、一部なりとも後代に傳へないでは、死んでも死に切れないのだ。

23 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:01:04.32 ID:uU7lDSwS0.net
 袁傪は部下に命じ、筆を執つて叢中の聲に隨つて書きとらせた。李徴の聲は叢の中から朗々と響いた。長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一讀して作者の才の非凡を思はせるものばかりである。

しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然と次の樣に感じてゐた。成程、作者の素質が第一流に屬するものであることは疑ひない。しかし、この儘では、第一流の作品となるのには、何處か(非常に微妙な點に於て)缺ける所があるのではないか、と。

 舊詩を吐き終つた李徴の聲は、突然調子を變へ、自らを嘲るが如くに言つた。

 羞しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己れは、己れの詩集が長安風流人士の机の上に置かれてゐる樣を、夢に見ることがあるのだ。岩窟の中に横たはつて見る夢にだよ。
嗤つて呉れ。詩人に成りそこなつて虎になつた哀れな男を。

24 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:01:26.47 ID:uU7lDSwS0.net
さうだ。お笑ひ草ついでに、今の懷を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きてゐるしるしに。
 袁傪は又下吏に命じて之を書きとらせた。その詩に言ふ。

偶因狂疾成殊類  災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵  當時聲跡共相高
我爲異物蓬茅下  君已乘軺氣勢豪
此夕溪山對明月  不成長嘯但成嘷

25 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:02:16.35 ID:uU7lDSwS0.net
 時に、殘月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に曉の近きを告げてゐた。人々は最早、事の奇異を忘れ、肅然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の聲は再び續ける。

 何故こんな運命になつたか判らぬと、先刻は言つたが、しかし、考へやうに依れば、思ひ當ることが全然ないでもない。

人間であつた時、己れは努めて人との交を避けた。人々は己れを倨傲だ、尊大だといつた。實は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかつた。
勿論、曾ての郷黨の秀才だつた自分に、自尊心が無かつたとは云はない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいふべきものであつた。

26 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:03:30.82 ID:uU7lDSwS0.net
己れは詩によつて名を成さうと思ひながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交つて切磋琢磨に努めたりすることをしなかつた。

かといつて、又、己れは俗物の間に伍することも潔しとしなかつた。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所爲である。

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨かうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出來なかつた。
己れは次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによつて益々己の内なる臆病な自尊心を飼ひふとらせる結果になつた。

人間は誰でも猛獸使であり、その猛獸に當るのが、各人の性情だといふ。己れの場合、この尊大な羞恥心が猛獸だつた。虎だつたのだ。
之が己を損ひ、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形を斯くの如く、内心にふさはしいものに變へて了つたのだ。

27 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:04:04.99 ID:uU7lDSwS0.net
今思へば、全く、己れは、己れの有つてゐた僅かばかりの才能を空費して了つた譯だ。
人生は何事をも爲さぬには餘りに長いが、何事かを爲すには餘りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事實は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭ふ怠惰とが己れの凡てだつたのだ。

己れよりも遙かに乏しい才能でありながら、それを專一に磨いたがために、堂々たる詩家となつた者が幾らでもゐるのだ。虎と成り果てた今、己れは漸くそれに氣が付いた。それを思ふと、己れは今も胸を灼かれるやうな悔を感じる。

28 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:05:19.10 ID:uU7lDSwS0.net
さういふ時、己れは、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向つて吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴へたいのだ。

己れは昨夕も、彼處で月に向つて咆えた。誰かに此の苦しみが分つて貰へないかと。

しかし、獸どもは己れの聲を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。
山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂つて、哮つてゐるとしか考へない。
天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己れの氣持を分つて呉れる者はない。
恰度、人間だつた頃、己れの傷つき易い内心を誰も理解して呉れなかつたやうに。
己れの毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

29 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:05:53.99 ID:uU7lDSwS0.net
 漸く四邊[あたり]の暗さが薄らいで來た。木の間を傳つて、何處からか、曉角が哀しげに響き始めた。

 最早、別れを告げねばならぬ。醉はねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、李徴の聲が言つた。だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。

30 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:06:18.23 ID:uU7lDSwS0.net
彼等は未だ虢略にゐる。固より、己れの運命に就いては知る筈がない。君が南から歸つたら、己れは既に死んだと彼等に告げて貰へないだらうか。

決して今日のことだけは明かさないで欲しい。

厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗に飢凍することのないやうにはからつて戴けるならば、自分にとつて、恩倖、之に過ぎたるは莫い。

31 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:06:44.56 ID:uU7lDSwS0.net
 言終つて、叢中から慟哭の聲が聞えた。袁傪も亦涙を泛べ、欣んで李徴の意に副ひ度い旨を答へた。李徴の聲は併し忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻つて、言つた。

 本當は、先づ、この事の方を先にお願ひすべきだつたのだ、己れが人間だつたなら。飢ゑ凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を氣にかけてゐる樣な男だから、こんな獸に身を墮すのだ。

 さうして、附加へて言ふことに、袁傪が嶺南からの歸途には決して此の途を通らないで欲しい、其の時には自分が醉つてゐて故人を認めずに襲ひかかるかも知れないから。

又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上つたら、此方を振りかへつて見て貰ひ度い。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。
勇に誇らうとしてではない。我が醜惡な姿を示して、以て、再び此處を過ぎて自分に會はうとの氣持を君に起させない爲であると。

32 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:07:03.47 ID:uU7lDSwS0.net
 袁傪は叢に向つて、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上つた。叢の中からは、又、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出發した。

33 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:07:54.50 ID:uU7lDSwS0.net
 袁傪は叢に向つて、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上つた。叢の中からは、又、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出發した。

 一行が丘の上についた時、彼等は、言はれた通りに振返つて、先程の林間の草地を眺めた。

忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。

虎は、既に白く光を失つた月を仰いで、二聲三聲咆哮したかと思ふと、又、元の叢に躍り入つて、再び其の姿を見なかつた。

34 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:08:07.05 ID:uU7lDSwS0.net
(昭和17年2月發表)

35 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:08:18.51 ID:s/BVW4MS0.net
おつ
面白かった

36 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:08:33.07 ID:SOdomZB/0.net
たまには名人伝にしろ

37 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:09:34.08 ID:+OQ5yuFVa.net
芥川の短編集も見たいなー

38 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:11:44.74 ID:uU7lDSwS0.net
「曾て作る所の詩數百篇、固より、まだ世に行はれてをらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなつてゐよう。」



「所で、その中、今も尚記誦せるものが數十ある。」

数百篇も詩を作っといて「もとより世に行われておらぬ」ってそらあかんやろ
まだ数十も記誦できるほど執着しとるのに

39 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:12:32.09 ID:uU7lDSwS0.net
>>36
名人伝たまに貼られとるやん

>>37
芥川めっちゃすこやけどワイはやらん

40 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:13:52.35 ID:uU7lDSwS0.net
寂しい島 中島敦

41 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:15:08.04 ID:uU7lDSwS0.net
寂しい島だ。

島の中央にタロ芋田が整然と作られ、その周囲を蛸樹やレモンや麵麭樹やウカルなどの雑木の防風木が取巻いている。その、もう一つ外側に椰子林が続き、さてそれからは、白い砂浜―海―珊瑚礁といった順序になる。美しいけれども、寂しい島だ。

島民の家は西岸の椰子林の間に散らばっている。人口は百七、八十もあろうか。もっと小さい島を幾つも私は見て来た。

全島珊瑚の屑ばかりで土が無いために、全然タロ芋(これが島民にとっての米に当るのだ)の出来ない島も知っている。虫害のためにことごとく椰子を枯らしてしまった荒涼たる島も知っている。

それだのに、人口僅か十六人のB島を別にすれば、此処ほど寂しい島は無い。何故だろう?理由は、ただ一つ。子供がいないからだ。

42 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:16:05.39 ID:uU7lDSwS0.net
いや、子供もいることはいる。たった一人いるのだ。今年五歳になる女の児が。そうして、その児以外の外に、二十歳以下の者は一人もいない。死んだのではない。絶えて生れなかったのだ。

その女の児(外に子供はいないのだから、言いにくい島民名前などは持出さずに、ただ、女の児とだけ呼ぶことにしよう)が生れる前の十数年前、一人の赤ん坊もこの島に生れなかった。

女の児が生れてから今に至るまで、まだ一人も生れない。恐らく、今後も生れないのではなかろうか。少くとも、この島の年老いた連中はそう信じている。

43 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:16:49.15 ID:s/BVW4MS0.net
おつ
面白かった

44 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:17:08.51 ID:yACQsrtv0.net
イッチこれ1回手打ちで入力したんか?

45 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:17:19.98 ID:uU7lDSwS0.net
それ故、数年前この女の児が生れた時は、老人達が集まって、この島の最後の人間―女になるべき赤ん坊を拝んだということである。

最初の者が崇められるように、最後の者もまた崇められねばならぬ。最初の者が苦しみを嘗めたように、最後の者もまたどんなにか苦しみを嘗めねばならぬであろう。そう呟きながら、黥[いれずみ]をした老爺や老婆たちは、哀しげに虔み深く、赤ん坊を礼拝したという。

但し、それは老人だけの話で、若い者は、何年も見たことのない人間の赤ん坊というものが珍しさに、ワイワイ騒ぎながら見物に来たと聞いている。

46 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:18:00.22 ID:s/BVW4MS0.net
>>44
音声入力や

47 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:18:45.20 ID:yACQsrtv0.net
>>46
んな高性能な音声認識があってたまるか

48 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:18:45.63 ID:uU7lDSwS0.net
ちょうど女の児が生れる二年前に、戸口調査があり、その時の記録には人口三百と記されているのに、今ではもう百七、八十しか無い。こんな速やかな減少率があろうか。
死ぬ者ばかりで生れる者が皆無だと、別に疫病に見舞われた訳でなくとも、こんなに速く減るものだろうか。

当時の女の赤ん坊を拝んだ老人たちはもはや一人残らず死んでしまっているに違いない。それでも、老人たちの残した訓えは固く守られていると見えて、今でも、この島の最後の者たるべき女の児は、喇嘛の活仏[いきぼとけ]のように大事にされている。

成人[おとな]ばかりの間にたった一人の子供では、可愛がられるのが当り前のようだが、この場合は、それに多分の原始宗教的な畏怖いふと哀感とが加わっているのである。

49 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:20:16.26 ID:uU7lDSwS0.net
>>44
基本は青空文庫からのコピーやで
そのままペーストするとフリガナが鬱陶しいからそこ調整したくらいや

50 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:21:33.28 ID:uU7lDSwS0.net
何故、この島には赤ん坊が生れないのか。性病の蔓延や避妊の事実は無いか、と誰もが訊ねる。

なるほど、性病も肺病も無いことはないが、それは何も、この島に限ったことではない。というよりむしろ、他の島々に比べて少い位なのだ。避妊に至っては己の島の絶滅を予感してその前に戦いているものが、そんな事をする訳が無いのである。

また、女性の身体の一部に不自然な施術をする奇習が原因だろうという者もあるが、この習慣の本家たるトラック地方の諸離島では人口減少の現象が見られないのだから、この推測は当らない。
他の島々に比べてタロ芋の産出は豊かだし、椰子も麵麭樹も良く実り、食糧は余る位だ。別に天災地変に見舞われた訳でもない。

51 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:22:45.32 ID:uU7lDSwS0.net
では、何故だ。何故、赤ん坊が生れないのか。私には判らない。恐らく、神がこの島の人間を滅ぼそうと決意したからでもあろう。非科学的と嗤われても、そうでも考えるより外、仕方が無いようである。

よく手入れされた芋田と、美しい椰子林とを真昼の眩しい光の下に見ながら、この島の運命を考えた時、あらゆる重大なことは凡て「にもかかわらず[トロツツデム]」起る、といった誰かの言葉を思い出した。ものが亡びる時は、こんなものなのかと思った。
科学者たちはその滅亡の跡を見て数々の原因を指摘しては得々としているが、その原因と称する所のものは、何ぞ図らん、原因ではなくて結果に過ぎないことが多いのである。

52 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:23:56.57 ID:uU7lDSwS0.net
秋の終りの最後の薔薇に、思いがけなく大輪の花が咲くことがあるように、この島の最後の娘もあるいは素晴らしく美しく怜悧な子(もちろん島民の標準においてではあるが)ではあるまいかと、甚だ浪漫的な空想を抱いて、私はその女の児を見に行った。

そして、すっかり失望した。肥ってこそいたが、うす汚い、愚かしい顔付の、平凡な島民の子である。

鈍い目に微かすかに好奇心と怯えとを見せて、この島には珍しい内地人たる私の姿に見入っていた。まだ黥はしていない。

大切にされているとは言っても、フランペシヤだけは出来ると見える。腕や脚一面に糜爛した腫物がはびこっていた。自然は私ほどにロマンティストではないらしい。

53 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:25:17.36 ID:uU7lDSwS0.net
夕方、私は独り渚を歩いた。頭上には亭々たる椰子樹が大きく葉扇を動かしながら、太平洋の風に鳴っていた。

潮の退いたあとの湿った砂を踏んで行く中に、先刻から私の前後左右を頻りに陽炎のような・あるいは影のようなものがチラチラ走っていることに気が付いた。蟹なのである。
灰色とも白とも淡褐色ともつかない・砂とほとんど見分けの付かない・ちょっと蝉の抜け殻のような感じの・小さな蟹が無数に逃げ走るのである。

南洋には、マングローブ地帯に多い・赤と青のペンキを塗ったような汐招き蟹なら到る所にいるが、この淡い影のような蟹は珍しい。

54 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:26:00.82 ID:uU7lDSwS0.net
初めてパラオ本島のガラルド海岸でこれを見た時、一つ一つ蟹の形は見えずに、ただ、自分の周囲の砂がチラチラチラチラと崩れ流れて走るような気がして、幻でも見ているような錯覚に囚えられたものであった。

今この島でそれを二度目に見るのである。私が立停ってしばらくじっとしていると、蟹どもの逃走も止む。素速く走る灰色の幻も、フッと消えるのである。

この島の人間どもが死絶えた(それはもうほとんど確定的な事実なのだ)後は、この影のような・砂の亡霊のような小蟹どもが、この島を領するのであろうか。灰白色の揺動く幻だけがこの島の主となる日を考えると、妙にうそ寒い気持がして来た。

55 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:26:41.22 ID:4BhH7LMX0.net
こういうの読める人は羨ましい

56 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:27:25.64 ID:uU7lDSwS0.net
薄明というものの無い南国のことで、陽が海に落ちると、すぐに真暗になる。私が淋しい東海岸から、それでも人家の集まっている西岸へと廻って行った頃は、もう既に夜であった。
椰子樹の下の低い民家から、チラチラ灯が洩れる。その一軒に私は近付いて行った。

裏の炊事場ーパラオ語ではウムというが、此処南方離島では何と呼ぶか知らないーに、焔が音も無く燃えていた。その上に掛かった鍋には芋か魚でもはいっているのだろう。
私が中にはいって行くと、火の傍にいた老婆が驚いて顔を上げた。黥をした、たるんだ皮膚が、揺れ動く焔にチラチラと赤く映える。

手真似で食を求めると、老婆はすぐに前の鍋の蓋を取って覗いた。だぶだぶの汁つゆの中に小魚が三、四匹はいっていたが、まだ煮えてないらしい。老婆は立上がって奥から木皿を持って来た。タロ芋の切ったのと、燻製らしい魚の切身が載っていた。
別に空腹な訳ではない。彼らの食物の種類や味が知りたかっただけである。両方をちょっとつまんで味わって見てから、私は日本語で礼を言って、表へ出た。

57 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:27:28.88 ID:eG3ErRLK0.net
おもろいやん

58 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:27:52.05 ID:uU7lDSwS0.net
浜へ出ると、遥か向うに、私の乗って来たーそうして、ここ数時間の中にはまた乗って立去るー小汽船の燈火が、暗い海に其処だけ明るく浮上っていた。ちょうど側を通りかかった島民の男を呼びとめ、カヌーを漕がせて、船に帰った。

59 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:29:57.52 ID:uU7lDSwS0.net
汽船[ふね]はこの島を夜半に発つ。それまで汐を待つのである。

私は甲板に出て欄干[てすり]に凭[よ]った。島の方角を見ると、闇の中に、ずっと低い所で、五つ六つの灯が微かにちらついて見える。

空を仰いだ。檣[ほばしら]や索綱[つな]の黒い影の上に遥か高く、南国の星座が美しく燃えていた。

ふと、古代希臘ギリシャの或る神秘家が言った「天体の妙[たえ]なる譜音」のことが頭に浮かんだ。

賢いその古代人はこう説いたのである。
我々を取巻く天体の無数の星どもは常に巨大な音響ーそれも、調和的な宇宙の構成にふさわしい極めて調和的な壮大な譜音ーを立てて廻転しつつあるのだが、
地上の我々は太初よりそれに慣れ、それの聞えない世界は経験できないので、竟にその妙なる宇宙の大合唱を意識しないでいるのだ、と。

60 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:30:30.75 ID:yACQsrtv0.net
続けて

61 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:30:38.89 ID:uU7lDSwS0.net
先刻[さっき]夕方の浜辺で島民どもの死絶えた後のこの島を思い画いたように、今、私は、人類の絶えてしまったあとの・誰も見る者も無い・暗い天体の整然たる運転をーピタゴラスのいう・巨大な音響を発しつつ廻転する無数の球体どもの様子を想像して見た。

何か、荒々しい悲しみに似たものが、ふっと、心の底から湧上って来るようであった。

62 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:32:31.19 ID:uU7lDSwS0.net
(昭和17年11月發表)

『環礁』より『寂しい島』

63 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:33:19.05 ID:eG3ErRLK0.net
これで終わりなんか...

64 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:33:53.39 ID:uU7lDSwS0.net
>>55
ワイが振り仮名削っとるだけで文庫で読めば注釈も振り仮名もついてるから読めんというほどのことはないと思う
高尚な文学なんてもんは世の中になくて退屈かおもろいかだけや

65 :風吹けば名無し:2019/09/21(土) 05:35:11.61 ID:uU7lDSwS0.net
>>63
『環礁』は中島敦がパラオに赴任してたときの経験から書いた短編集やから風景の美しさと物寂しさがメインやと思うととっつきやすいで

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